©2019 Kensaku Shinohara

July23

July 24, 2016

Went to Japan Society to watch "Fake" by Tatsuya Mori.

It is always excited to see how Japanese films are received by New Yorkers.

I reassured that- 

visual is so strong.

What is the point of making dance? How much can movement strong?

 

あまり食欲がない。夏バテかな。

今日は久しぶりにJapan Societyに行ってきました。

森達也監督のFakeを見るためです。

 

話題になってるって聞いたけど、あのゴーストライター問題のドキュメンタリーだとは知らなかった。

でも興味があった事件だったので、食い入るように見ていました。

 

まず最初の感想は、見る前までは、佐村河内氏はなんか胡散臭い、と思ったけど、映画を見て、かなり逆方向に引っ張られたことです。彼がやったことは、世間的には到底認められないけども、自分も作曲のプロセスに大きく関わってると信じて、そういう罪深いピュアな心でやっていたのではないかということです。

 

と同時に、作り手とは、映像とは、メディアとは、資本主義とは残酷だと思いました。

彼らは、僕らは、真実を求めていると謳っていても、やっていることは刹那的なエンターテイメントを作り続けている、という側面があるからです。真実であることも、不実であることも、それを求めることも、それを求める者を批判することも、全てが消費の対象になります。現に、ネット上では森監督がやり玉にあがっているし、誰も結局、佐村河内さんがどこまで聴こえているのか、新垣さんの言っていることが100%正しいのかを知りたいわけではない、そういったやり取りがドラマ化され、引き伸ばされ続けている状態を、心のどこかで愉しんでいるということです。消費者も残酷なのです。そしてメディアとはそうした残酷さを糧とした生き物なんだろうと思います。

 

そう意味で、ダンスを作っている自分は何なのだろうと思います。

そしてアーティストという職業は何なのだろうと思います。

面白いのは、平田オリザが「内面に興味はない」と言ったり、ウォホールが「芸術とは表層である」と言い、そういう彼らのつくるものが、逆にはっきりとメッセージを持ったりする、ということです。

最近助成金を申請することが多くて、必ず助成する側は、僕の企画が社会とどう関わるのか、効果を生むかを聞いてきます。でも果たしてアートが効果を残せるのか、何か真実をあらわすのか、それは疑問です。アートとはとても個人的な活動です。

でもそんな個人的な活動が、社会性を求めらた瞬間に、魚が地上に上がってしまった時のようにジタバタ始める、そこがスタートなんだとも思います。

 

 

 

 

 

 

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